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スポーツビジネスの課題と未来_東京ヴェルディベースボールチームGM兼監督_熊本浩志氏講演会

1. セミナー概要

本セミナーは、熊本浩志氏を講師として迎え、日本のスポーツが直面する現状と課題、そして今後の可能性について語られました。熊本氏は、amadana株式会社の設立者であり、現在は東京ヴェルディの総合型クラブ化や野球チームのGM、スポーツ領域のクリエイティブデザイン業務など、多岐にわたる活動を展開されています。特に、スポーツとデザインを強みとして、デザインの力によるスポーツの産業化を目指しているとのことです。

セミナーでは、日本のスポーツ界における「体育」と「スポーツ」の概念の違いを歴史的背景から解説し、日本のスポーツ産業が抱える構造的な課題と、世界(特にアメリカ)との格差に焦点を当てました。また、現在大きな変革期を迎えている学生スポーツの現状と、今後の人材育成のあり方についても言及。宮崎県をスポーツの県として高く評価しつつ、日本全体のスポーツへの向き合い方を変える必要性が示唆されました。

2. 体育とスポーツの根本的な違い

熊本氏は、日本のスポーツを理解する上で最も重要なのは「体育」と「スポーツ」の違いだと強調しました。

体育: 明治維新後の富国強兵策の中で、農民などを「立派な兵隊」に育てるために導入された画一的な指導法に由来。上の意見に絶対服従し、皆が同じように行動することを求めるという根幹があり1920年、戦後の教育にもその考え方が引き継がれている側面があります。体育は主に「競技」そのものに焦点を当て、アスリートや競技者が中心です。

スポーツ: アメリカから入ってきた文化であり、「ビジネス」としてのお金の循環を前提としている。スポーツには、やる「競技者」だけでなく、「見る人」、そしてそれを「支える仕組み」が存在し、最終的にお金が必ず循環します。お金を前提としない競技は、世界的にはスポーツとは言われないと指摘されました。

日本の現状は、「体育」の概念が強く残っているため、スポーツにおけるお金の循環が生まれにくい構造になっていることが大きな課題となっている。

3. 日本のスポーツ産業の現状と世界との格差

日本政府はスポーツの産業化を目指し、スポーツ庁の設置や国民体育大会の「国民スポーツ大会」への名称変更などを進めていますが、その進捗は世界に比べて遅れていると述べました。

国は2025年までにスポーツ市場規模15兆円を目指しているが、現状は約5兆円程度であり、アメリカの約50兆円と比較すると大きな差がありる。GDP比でもアメリカの3%に対し、日本は大きく遅れています

この遅れの背景には、「子供を食い物にするな」「教育の一環だ」といった体育文化に基づく考え方が根強いことがあります。スポーツをするには必ず費用がかかりますが(親の負担、税金による施設整備など)、そのお金をスポーツ自体が循環させて生み出すという発想が根付いていません。

アメリカの大学スポーツ(NCAA)は、大学フットボールやバスケットボールが巨額の収益(NCAA全体で3兆円超)を生み出し、それが他の競技や環境整備に分配される仕組みがあります。大学コーチの平均年収が3億円であるなど、ビジネスとして確立しています。一方、日本の大学スポーツは「課外活動」と位置づけられ、指導者はボランティアが多く、お金の循環がほとんどない状況です。

プロスポーツにおいても、MLBがビジネスモデルの転換で市場規模を拡大し、NPBの約10倍になっている事例が示されました。

4. 日本のスポーツ発展の歴史とメディア・企業の影響

日本のスポーツは、メディアや企業との密接な関係の中で独自の発展を遂げてきた経緯があります。

黎明期の野球やマラソンは、新聞販売促進のためのツールとして人気化しました。東京六大学野球や高校野球はその代表例です。

過熱した学生野球に対し、文部省が野球統制令を発令し、全国大会が禁止された歴史があります。これが、一部の教育機関に野球部がない理由の一つとされています。

野球統制令を機に、読売新聞が職業野球(プロ野球)をスタートさせ、日本のプロスポーツの端緒となりました。この歴史的背景から、日本の野球チームは「メディアが持っているもの」という発想が生まれました。

テレビ時代の到来とともに、読売はグローバルスポーツであるサッカーに注目し、読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)を設立。高校サッカーの全国中継などを通じて選手育成にも力を入れました。

Jリーグ設立時、川淵三郎チェアマンは地域密着型の総合クラブを目指し、企業名の排除を図りました。しかし、多くのチームに企業名が残り、企業スポーツとしての側面も強く残りました。世界的に企業名がチーム名につくのは、日本、韓国、台湾といった限られた国のみです。

日本のプロ野球は会計的に優遇されており、赤字でも税金対策になる仕組みがあったことが、経営のオープン化や競争を阻害した側面も指摘されました。Jリーグはこれを是正しようとしましたが、皮肉にも企業が支えないと立ち行かない状況になり、今はプロ野球が地域密着に力を入れる一方、Jリーグは企業依存に戻りつつあると述べられました。

5. 学生スポーツの現状と変革の必要性

学生スポーツ、特に大学スポーツは、少子化による競技人口の減少や、日本の大学経営の構造的な課題とあいまって、大きな変革期にあります。

日本の大学スポーツは、未だに「課外活動」「自治活動」と位置づけられ、大学は経営資源を投入しにくい状況です。これは、文科省からの補助金に依存し、自主財源(スポーツによる収益)を稼ぐインセンティブが低いことなどが影響しています。

一方、アメリカでは学生アスリートが個人としてスポンサーシップや肖像権使用で収入を得られる「NIL(Name, Image, Likeness)」が導入され、学生もビジネスに関わる機会が増えています。佐々木麟太郎選手(スタンフォード大)のフルスカラシップや、森井君(アスレチックス)の契約金・大学進学保証はその象徴的な事例です。

佐々木選手の父親の例から、日本の育成が「平均的な人間」を目指しがちなのに対し、アメリカは「個性を伸ばす」ことに重点を置いているという教育観の違いが示唆されました

学生スポーツも、プロと同様にデジタル活用や見せ方を工夫することで、ファンを増やし、収益を上げることが可能です。東海大学バスケ部の事例では、ホームゲーム開催やグッズ販売で収益を上げ、選手がプロのように扱われることで意識が高まるという好循環が生まれています。

学生スポーツにおける不祥事(大麻、窃盗など)は、選手が「見られていない」と感じていることが一因であり、プロアスリートのように注目し、扱うことで抑制につながるとの考えが示されました。

6. 人材育成の重要性

少子化が進む中でスポーツを担う人材が減少しており、人材育成のあり方が重要になっています。

指導者は、学生に対し単に競技を教えるだけでなく、「なぜスポーツができるのか」「スポーツを通じてどう社会に貢献できるのか」といった視点を持つことの重要性を教えるべきです。

花巻東高校の佐々木監督は、選手に「良い大学に行き、スポーツを支える側になり、自分たちがやってきた環境に還元すること」を教えていると紹介されました。

目標設定の重要性や、質問を通じて「考える力」を養う教育が求められます。

海外で経験を積んだ優秀な人材が日本に戻ってきて、新しい価値を生み出すようなシステムや環境も必要だと述べられました。

7. 質疑応答

セミナーの最後に、参加者からの質問に対し、以下のような回答がありました。

日本の野球はスポーツになっているか、eスポーツはスポーツと言えるか: プロ野球は規模としては大きいが、高校野球などのアマチュアは教育の一環として収益化に消極的であり、ビジネスとしての潜在力を活かしきれていない現状が指摘されました。高校野球のチケット価格や放映権料の低さなどを例に挙げ、まだ体育文化が色濃く残っている状況であると説明。

海外スポーツの収益源: スポーツビジネスにおける収益の4本柱として、放映権、チケット、グッズ、スポンサーが挙げられました。特にプロスポーツにおいては、スタジアムを自前で所有することで、チケット収入やグッズ収入などがすべてチームの収益となることが重要であり、日本の球団も自前スタジアム化を進めている状況が紹介されました。


8. まとめ

本セミナーを通じて、日本のスポーツが、体育文化からスポーツビジネスへの転換期にあり、特に収益化や人材育成において大きな課題と潜在力を抱えていることが明確にされました。スポーツを単なる「競技」や「課外活動」として捉えるのではなく、「ビジネス」として捉え、見る人を増やし、お金を循環させる仕組みを構築すること、そして学生を含めた人材育成において、個性を伸ばし、社会との関わりを教えることの重要性が繰り返し強調されました。

セミナーの後はいつものネットワーキング。今回は黒木さゆみさんにお願いしました。

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