PROJECT

hinataSTARsキックオフイベント〜篠原さん×Smolt上野さんが語った「挑戦を始める人」へのメッセージ〜

地方から、未来の市場をつくろう

「5年後、10年後、皆さんは、どの市場で、どのくらいのポジションを取りにいこうとしていますか?」

今回の前半は、「事業をつくる人をつくる」ことをミッションに、主に地方で活動する篠原さんの基調講演。後半は篠原さんと、宮崎でサクラマスの養殖に挑む株式会社Smolt代表・上野さんによるパネルディスカッションです。

地方で事業を始める意味とは何か。新しい市場は、どうすればつくれるのか。そして、まだ何も分からない状態から、どう一歩を踏み出せばよいのか。

二人の言葉から浮かび上がったのは、完璧な計画より先に、志を掲げ、現場へ行き、何度でも挑戦することの大切さでした。

前半・基調講演

篠原さん「事業をつくる人を、地方から増やしたい」

篠原さんは、会社員、新規事業、スタートアップ経営、投資など、さまざまな立場で事業に関わってきました。現在のミッションは、事業をつくる人の数を増やすこと。その活動の中心に地方を選んでいます。

講演の冒頭、篠原さんが参加者に投げかけたのが、5年後、10年後に目指す場所についての問いでした。今はラーメン店が一店舗でも、畑が一反でも、地方の小さな会社でも構わない。現在の規模が、将来の可能性を決めるわけではありません。

長崎のカメラ店からジャパネットたかたが生まれ、山口の小売店からファーストリテイリングが世界へ進みました。篠原さんは、その違いを生んだ出発点を「志の高さ」だと語ります。

地域で一番愛される一店舗をつくるのか。県内へ広げるのか。全国へ届けるのか。世界の市場を取りにいくのか。どれが正しいという話ではありません。大切なのは、自分がどこを目指すのかを決めることです。目指す未来が変われば、今日選ぶ市場も、仲間も、投資も、行動も変わります。

地方では、二つの時計が動いている

今、地方では二つの時計が同時に動いていると篠原さんは言います。

一つは、人口減少、過疎化、高齢化、そして東京への一極集中です。人も産業も都市部へ集まり、地域の担い手や後継者は減っています。もう一つは、AIとテクノロジーの急速な進化です。

少し前まで信用できない回答も多かった生成AIが、わずかな期間で驚くほど進化しました。この変化は、働き方だけでなく、農業、水産業、畜産業、林業、物流、観光など、あらゆる産業の前提を変えていきます。

人口減少だけを見れば、地方の未来は厳しく映ります。しかし、AIによって産業構造そのものが変わるなら、そこには大きなチャンスがあります。都会には、簡単に使える畑も、港も、養殖場もありません。新しい技術を実際に試せる現場は、むしろ地方にあります。「畑もある。港もある。おいしいブランドもたくさんある。そこにAIを掛け合わせたら、ものすごいチャンスが生まれると思いませんか」

地方だからできないのではない。地方だからこそ、新しい産業を生み出せる。それが篠原さんの考える、地方で活動する理由です。

事業を延命することと、企業を長生きさせることは違う

篠原さんは、iPodとiPhoneの例を挙げました。世界の音楽体験を変えたiPodも、永遠には続きませんでした。その市場を終わらせたのは、競合ではなく、生みの親であるApple自身です。自らiPhoneをつくり、さらに大きな市場へ進みました。

商品やサービスの寿命は、これからますます短くなります。だから、一つの事業を守り続けることと、会社を長く続けることを同じにしてはいけない。今の事業を守るだけではなく、自分たちで次の事業をつくる。失敗しても、またつくる。その繰り返しによって、人と文化が強くなり、会社は長く生きられるようになります。「自分で今の事業を終わらせて、次をつくるのか。それとも、誰かに終わらせられるのを待つのか。どうせなら、自分でつくりましょうよ」この言葉には、変化を恐れるのではなく、自ら変化を起こす側へ回ろうという強い意志が込められていました。

市場、タイミング、そして仲間

新規事業で避けて通れないものとして、篠原さんは三つを挙げます。

一つ目は、市場の選択。
二つ目は、タイミング。
三つ目は、一緒に進む仲間です。

市場は、成長産業か、まだ十分に満たされていない隙間市場を選ぶ。そして、自分たちが魂を込め続けられるテーマであることが大切です。タイミングについて、篠原さんは「早すぎて死ぬ時代は終わった」と話します。変化がこれほど速い時代に、全員が理解できるまで待っていたら遅い。アイデアを話したとき、周囲から「何を言っているんだ」と言われるくらいの方が、誰よりも早く波に乗れる可能性があります。そして最後は仲間です。

立派な経歴や知識以上に、信用できること。同じ釜の飯を食えること。苦しいときにも、歯を食いしばって前へ進めること。篠原さんは、それを繰り返し「気合」と表現しました。精神論だけを語っているのではありません。正解がなく、失敗が続く新規事業では、最後にもう一度試せるか、現場へもう一度足を運べるかが結果を分けます。

一度で当てようとしない

大企業でさえ、新規事業を何度も失敗させています。ならば、最初の一回で正解を当てようとしなくていい。思いついたら小さく試し、違ったら早くやめ、また次を試す。「同じ時間、同じ人数、同じコストで、ほかの人が10回挑戦するなら、自分は100回挑戦したい」一回の挑戦にすべてを懸けるのではなく、会社が死なない範囲で手数を増やす。失敗した人に罰を与えるのではなく、挑戦した数に勲章をつける。当たりを引くまで挑戦を続けられる組織をつくることが、新規事業には欠かせません。

AIに調査を任せ、人間は現場へ行く

手数をさらに増やすために使えるのがAIです。統計を調べる。資料をつくる。仮説を整理する。複数の案を出す。こうしたことは、AIに徹底的に任せてよい。では、人間は何をするのか。「現場です。お客様に会いまくる。現場を回りまくる。ここは人間がやらなきゃいけない」お客様に「何に困っていますか」と聞くだけでは、本質的な課題は見つかりません。本人が言葉にできる問題は、既に多くの人が認識し、何らかの商品やサービスが存在する可能性が高いからです。

何となく不便。少し腹が立つ。でも、仕方がないと思っている。そんな、まだ言葉になっていない違和感を見つけるには、人に会い、行動を見て、何度も「なぜ」を重ねる必要があります。AIで調査の速度を上げ、人間は現場へ出る。この両輪で、挑戦の回数と質を高めていくのです。

既存市場で売る人ではなく、市場をつくる人へ

篠原さんは、「せっかく新しい事業を始めるなら、メーカーを目指しませんか」と呼びかけました。ここでいうメーカーとは、単に物を製造する企業ではありません。市場をメークする人。つまり、新しい市場そのものをつくる存在です。

表からは素材企業に見えても、その素材があることで新しい商品や市場が生まれる。半導体企業の技術によって、複数の産業が成長する。既にある市場で商品を売るだけでなく、「これがなければ、この市場は生まれなかった」と言われる存在を目指す。それが、篠原さんから挑戦者へ送られた、少し大きくてワクワクする目標でした。

後半・パネルディスカッション

篠原さん×Smolt上野さん「分からないから、聞きに行く」

後半は、篠原さんと株式会社Smoltの上野さんによるパネルディスカッションです。

Smoltは宮崎大学発のスタートアップとして、宮崎でサクラマスの養殖に取り組んでいます。上野さんが目指すのは、10年後、20年後も、おいしい魚と魚食文化を楽しめる世界です。

気候変動による水温の上昇、水産資源の減少、生産者の高齢化、後継者不足。水産業を取り巻く問題が深刻になるなか、大学の研究を生かし、高水温に強いサクラマスの育種や完全養殖に挑戦しています。自社だけで生産量を増やすのではなく、地域の生産者と連携し、各地で持続的に魚を育てられる仕組みを広げようとしています。

原点は、故郷の風景を残したいという思い

上野さんは岩手県釜石市の出身です。子どもの頃は、鮭が身近にいる風景が当たり前でした。しかし、大人になるにつれて、その風景が失われつつあることに気づきます。その後、宮崎の大学でサクラマスの養殖研究に出会いました。故郷の魚や食文化を残したいという思いと、大学の研究が偶然重なった。それが、Smoltの出発点になりました。

最初から「サクラマスは大きな市場になる」と計算していたわけではありません。自分が大切にしたいものと、自分の目の前に現れた技術。その二つを信じて動き始めたことが、事業につながりました。

技術的につくれることと、売れることは違う

創業時点で、大学には既に研究の蓄積があり、魚を生産することはできました。しかし、「魚ができた」ことと、「市場から求められる商品になった」ことは別でした。味、価格、加工方法、届け方。実際に買う人が何を求めているのかは、研究室の中だけでは分かりません。上野さんは、宮崎の卸売事業者をはじめ、詳しい人たちへ何度も話を聞きに行きました。

「これ、どうですか」と出しては、意見をもらう。時には怒られ、否定されながら、また改善して持っていく。その往復を重ねました。安定して売れる状態になるまでには、数年を要したといいます。それでも対話をやめなかったからこそ、相手との信頼が生まれました。

最初の商品が完璧でなくても、関係ができていれば、次の改良品も見てもらえる。商品と顧客が、一度の商談ではなく、何度もの会話を通じて少しずつ合っていく。この実体験は、篠原さんが語った「徹底的に現場へ行く」という考えを、そのまま形にしたものでした。

「分からない」と言えたことがよかった

創業当時を振り返り、上野さんは「分からないことが分からない状態だった」と話しました。会社をつくったものの、何をすればよいのか分からない。人に電話をかけることも得意ではなかった。それでも、詳しそうな人に聞き続けました。「分からないので教えてください」と伝える。自分なりの仮説をぶつける。「それは違う」と言われたら、また考える。上野さんは、この姿勢を創業初期に続けたことが、非常によかったと振り返ります。

篠原さんも、志を高くするには、正しい時に、正しい場所で、最高の人に会うことが大切だと応じました。自分一人で考え続けるだけでは、自分が持つ物差しの範囲を超えられません。最高のものをつくりたいなら、その分野で最も詳しい人に会い、聞き、学ぶ。そして自分の固定観念を壊す。年齢にかかわらず、プライドを捨てて学び直せる人には、大きな可能性があります。

一人目の仲間ができるまで

Smoltも、最初から現在のチームがあったわけではありません。上野さんは創業後、しばらく一人で事業を進めていました。仲間を集めることが難しく、最初の一人に参加してもらうまでに時間がかかったといいます。それでも焦らず、大学時代の友人や後輩との関係をつなぎ続けました。やがて、東京にいた仲間や県庁に勤めていた後輩が会社へ加わり、少しずつチームが形になっていきます。同じ釜の飯を食える仲間は、突然現れるとは限りません。自分が挑戦を続け、思いを伝え続けることで、少しずつ集まってくる。その意味でも、最初に必要なのは、やはり自分が動き続けることです。

地方だから、実証できる

Smoltが取り組む養殖や育種には、実際に魚を育て、試し、改善する場所が必要です。篠原さんは、まさにそこが地方の強みだと指摘します。都市部で革新的な技術を開発しても、試す農地や水面、施設を確保するのは簡単ではありません。地方には現場があり、生産者がいて、地域の関係者との距離も近い。

革新的すぎて最初の顧客が見つからないなら、自分で利用現場をつくってしまう。商品を売るのが難しいなら、自分でモデルケースをつくり、その結果を見せる。地方は、単に市場が小さい場所ではありません。新しい事業を、実際の現場で育てられる場所なのです。

大学、自治体、金融機関を遠慮なく頼る

上野さんは、宮崎大学のビジネスコンテストなど、創業前からさまざまな支援を活用してきました。大学の先生や担当者へ相談し、分からないことを聞き、人を紹介してもらう。最初は小さなお願いをし、応えてもらったら結果を返し、次の相談につなげる。振り返ると、支援機関やプログラムを存分に活用してきたといいます。

篠原さんも、起業家は困っていることや分からないことを、もっと率直に見せた方がよいと話しました。「自分たちだけでできます」と言われれば、周囲は手を出せません。

「この人に会いたい」
「最初のお客様を紹介してほしい」
「この場所で実験したい」
「ここが分からないので助けてほしい」

依頼が具体的であるほど、支援する側も動きやすくなります。支援者は、自分が積み重ねてきた信用や人脈を使って、挑戦者を応援しています。その力を借りたなら、事業を前へ進め、次の挑戦者へつないでいくことが大切です。

地方の挑戦者を、みんなで押し上げる

篠原さんと上野さんの話に共通していたのは、挑戦は一人だけで完成させるものではないということです。

高い志を掲げる。
まだ理解されない市場へ踏み出す。
小さく試す。
失敗したら、すぐに学ぶ。
AIを使って手数を増やす。
現場へ行き、人に聞く。
分からないことを隠さない。
大学、自治体、金融機関、先輩経営者を頼る。
そして、同じ未来を見られる仲間を増やしていく。

地方では、挑戦する人がまだ希少です。だからこそ、一人の挑戦者が現れれば、地域の大人たちが寄ってたかって応援できます。実証場所を貸し、顧客を紹介し、専門家につなぎ、行政やメディアへ橋をかけることができます。

Smoltも、故郷の魚を残したいという一人の思いから始まりました。研究と出会い、顧客に叱られ、改良を重ね、仲間が増え、今では地域の生産者とともに、水産業の未来をつくろうとしています。最初から正解が見えていたわけではありません。分からないままでも、動き続けた。その一歩一歩が、事業になりました。

未来の市場をつくるのは、今日動き始めるあなた

完璧な準備が整う日は、きっと来ません。早すぎるかもしれない。周囲には理解されないかもしれない。自分でも、本当にできるか分からない。でも、その構想にワクワクするなら、小さく始めてみてください。

地方には、未来を試せる現場があります。地域のために動きたい人がいます。挑戦者を応援したい支援者もいます。今ある市場に参加するだけでなく、自分たちで次の市場をつくる。宮崎から、地方から、まだ世界にない事業を生み出す。その最初の一歩を踏み出す人が、ここから一人でも多く生まれることを願っています。

活動レポート一覧